|はじめに|
 七六年という年数は,偶然にも人の平均寿命にほぼ等しい年数である.そしてこの七六年の年月をかけて,ハレー彗星はその軌道を一周して,また巡ってくるのである.したがって一生に一度あるかなしかのめぐり合いと言われるのも納得できるわけである.
 そのハレー彗星が一九八六年に再び帰って来る.しかもすでに一九八二年秋には,そのかすかな光がキャッチされ,予定通り帰ってくることが確認されているのである.今や世界中の星好きの人々や,天文学者達は,手ぐすねひいて,ハレー彗星の出現を待ちかまえているのである.われわれは,この時に遭遇することができ,まずは幸運というべきであろう.世に名高いハレー彗星をこの目で見ることができるのであるし,もしうまく行けば,彗星の正体があばかれて,ついにその謎が解きあかされるようになるかも知れないからである.
 本書は,こういった期待をもって企画され,しかも私が執筆するという光栄に恵まれることになった.したがって,ハレー彗星にまつわるいろいろな話題を,私の知る限り,古今東西にわたって拾い集めて読者諸賢のご参考に供したいと思いながらペンをとった次第である.もちろん,決して十分な出来ばえとはいえないが,その評価は,公平にして寛大な読者の判断にゆだねたい.
 ところで,今回の出現によって,ハレー彗星の物理的な研究は大きく進展すると期待される.けれども,ハレー彗星の起源やその過去の事情はなかなか明らかにはならないのではないかと心配である.おそらくこの彗星は何万年か何十万年かの昔,はじめて太陽系の中心部へまよい込んで来たものと思われる.そして太陽以外の木星や全ての惑星の,かなり微弱な引力の影響を受けた結果,太陽系に捕らえられ,そして非常に細長い楕円軌道を描いて太陽の周りを周回するようになったと考えられる.そしてその後,何百回も周回を続けるうちに,太陽系の外に追い出されることなく,幸にも,周期の短い軌道をもつようになったのであろう.そしていつの頃か,偶然にも,惑星の中で最大の質量をもつ木星に接近して,その引力の影響によって,現在のような軌道を持つようになったに違いないのである.私が知りたいのは,この間の,もう少し具体的なハレー彗星の軌道の変化なのである.一般的にいって,長周期彗星から短周期彗星への力学的な変遷のプロセスをもっとはっきり知りたいのである.はたして,ハレー彗星はいつどのように木星の支配を大きく受けるようになったのか.あるいは木星以外の地球やほかの惑星の影響をどれぐらい受けてきたのか.またハレー彗星に見られる非重力効果は,一体,どのようなものであったのか.知りたいことは多い.どれも大へんむつかしい問題である.しかし,いつかは,これらが全て解き明かされることを心から期待したいのである.
 本書に引用した史料の日付には,西暦一五八二年以前はユウリウス暦,それ以後は現行のグレゴリオ暦による日付を付記した.
 各出現時のハレー彗星の軌道や径路は,主としてヨーマンス氏の軌道要素によって計算されたのであるが,座標系は全て出現当時の春分点と黄道に準拠するように換算してある.
(以下省略)
1984年5月下旬
著者
 
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