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本書はSS433という現代天文学史上きわめてユニークな天体をめぐる物語である。その発見にいたるまでの数年間の経緯が、当事者の一人の口から生々しく語られている.
訳者が本書を手にしたのは出版から間もなくだったが,全体をていねいに読んだのは昨年の10月のことである.札幌で開催された日本天文学会に出席するために、飛行機と気が合わない訳者は,最後の青函連絡船に乗るのを口実に京都から夜行の特急『日本海』で往復した,その旅の道連れに本書を持っていったのである.著者のぐいぐいと引き込まれるような語り口に,狭いB寝台の中でついつい夜遅くまでかじりついていたことを思い出す.
さて,本書の読み方はいろいろあるだろう.たとえばSS433という秘宝をめぐる,科学者同士の火花を散らすような競争/抗争,息詰まるような興奮の物語として読むこともできる.本書の著者のように,あるいはインディ・ジョーンズのように,目の前で獲物をさらわれるような経験をしたことは,科学者なら誰でも一度や二度はあるものだ.こんなときは,たとえ相手にその気がなくても,まるでトンビに横取りされたような気になるものである.インディ・ジョーンズの場合は映画だから,最後に笑うのは主人公なのだが,現実の世界ではそんなにうまくはいかない.現実の世界の主人公,すなわち自分が競争に敗れる場合も,ままある.科学者も科学者である前に一人の人間なので,そんなときは落ち込んでやけ酒でも飲むだろう.が,同時に,本書でも随所にほのめかされているように,一番大事なのは,誰がしたかではなく,何がなされたか,ということを認めることだろう.とはいうものの,当事者以外にとっては,そういう誰がしたかというような話もゴシップ記事でも見ているようで面白い.
もちろん本書は基本的には,ごく一般の人向けに書かれた,現代天文学の解説書である.そして話はSS433だけにとどまらず,超新星や星の進化からパルサー,連星系,さらには活動銀河まで,幅広く近年の天文学の進歩が,やさしく述べられている.これだけの話題を満載した解説書はまだあまりなく,その意味では,本書を一冊読めば,現代天文学の美味しいところがだいたい味わえるだろう.また著者が観測屋さんであることから,理論的な話はあまり突っ込んでないのだが,むしろ逆にそのことが本書を読みやすくさせているようだ(理論屋さんはついつい式などを出してしまうのです).
3番目にあまり大きな声では言えないが,もう一つ別の読み方もある.実は訳者も,SS433については,その発見当初から見守ってきたし,途中からは(本書に述べられている時期よりは少し後のことだが),SS433サーガに,セリフ一つのちょい役ぐらいでは出演できるようになっていたと思っていた.したがって,台本(まあようするに論文)にはすみからすみまで目を通し,一応いっぱしの研究者を気取っていたわけだが,本書を読んでみて,まだ知らなかったことが,とくに観測的な面でたくさんあった.訳者が理論的な研究に携わっているということは観測的な事実で知らないことがある言い訳にはならない(その逆もまた真だが).とにかく訳者自身,本書から得たものは大きかった.ということで,訳者の不勉強はひとまず棚に上げ,本書は専門の研究者にも勧めたいのである.
SS433の探索はまだ終わっていない.確かにそれがどうなっているかについては,おおまかな描像は得られた.しかし,なぜそうなのか?という問いにはまだ正解が解らないのが実状だ.なぜジェットはそんなに細く収束されているのか?なぜジェットはそんなに加速されているのか?…本書でも述べられているようにいくつかのアイデアは提出されているが,決定的なものは,まだない.観測家の中から,そして理論家の中から,第2,第3のホームズが出現しなければならないだろう.『恐怖の谷』(阿部知二訳)角川文庫(1966年)からホームズのセルフを引用させてもらおう:
「だれも勝てないとはいいません.だが,時を貸していただかなければなりません一時をかしていただかなければ」
勝負はこれからなのだ.
1988年3月京都北白川にて
福江純
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