天体の巡りが人間の生活のリズムと照応していた時代はさほど古い昔ではありません.ところが,現代の私達は,宇宙探査機が月や惑星に到達し実地に観察したものをテレビや出版物で見聞することができ,天文学が宇宙の構造やその開びゃくを論じていることに多くの人々が耳を傾けるという時代に生きています.たしかに,宇宙は私達の身近なものになったのでしょうが,別の見方をすると,都市化の進んだ私達の生活から月や星などの天体現象がどんどんと離れていってしまった時代にいるともいえるのではないでしょうか.そこで,宇宙の現象と私たちの生活や思想との関わりを,昔とは違った形でどのように展開させるかを考えることも現代科学の課題の一つといえます.
天文学を学習し現代の宇宙観を自分のものにしようと志す人達にとっては,天体観測は大切な教程の一つです.専門としてその領域を深く究めようとするのではなくても,天体観測を通じて天界の美しい姿をこの眼で見ることはすばらしい体験であるし,人生を豊かにするものの一つとなることでしょう.
本書は,天体観測における基礎的な理論と技法を紹介するとともに,天体観測を通じて天体の実像に何処まで迫ることができるのかを考える材料を提供しようとするものです.ここでの天体観測に用いる装置は,小型の望遠鏡,日常に使っているカメラ,測量や航海用の測量器といった,ありふれた基本的な装置であり,比較的安価に入手できるものばかりです.そして,ここで述べる天体観測の実践はフィールド科学と実験科学との2つの側面を合わせ持っています.ある目標をもって天体観測をしようとする時,装置の原理と扱い方を学び,その装置と方法の可能性と限界を良く知った上で計画を立てなければなりません.その計画を実行しようとしても,天候が邪魔をすることがたびたびありますから,長期的に辛抱強くチャンスを狙うという計画を立てる必要があります.観測を実施するときは,天体現象の変動に合わせて,常に臨機応変な工夫が必要です.無事,観測が終わっても,その観測が成功したかどうかは,写真の処理やデータの整理,計算を完了しなければわかりません.このようない一連の手続きを終え,それをレポートにして完了するわけです.
ガリレオ・ガリレイは自ら工夫した望遠鏡でかずかずの発見をしました.太陽の黒点と自転,月の複雑な地形,木星の衛星,天の川の実体,等々です.私達は小さな望遠鏡で(ガリレイのものよりはるかに高精度です),ガリレイと同じ発見を経験することができるのです.しかし,ガリレイの発見のもっとも大きな意義は,コペルニクスの宇宙が本当のものであること,すなわち「地球が動くこと」を自分の眼で確かめたことであることを忘れてはなりません.そのため,天体観測の合間に,次のような考えを少しだけ頭に浮かべてみませんか.たとえば,惑星を観測しているとき,太陽がどの方向にあるのかと考えてください.もちろんその時,太陽の方向は地面の下なのですが,そうすると太陽・地球・惑星の空間的な位置が頭に浮かびます.また,望遠鏡の視野を凝視していると,天体が日周運動で横切って行きます.そのとき,星が動くと考えるのではなくて,自分の方が地球の回転によって動いていると考えてみるのです.こんな考えは一種のめまいを感じさせるかもしれません.しかし,天体観測をする時に最も重要なことは,宇宙空間に座標を設定して,観測する自分と観測している天体をそこに位置付けることです.だから,このような考えを持つことも観測の目的の理解を深めることに大きな助けになることがあると思います.
本書は,大学における自然科学系のカリキュラムの一つとしての天文学演習のための教科書となるようなものを想定して,大阪教育大学と愛知教育大学での教育実践がもとになって出来上りました.天体観測の初心者を対象としていますから,機器の扱い方を実際に即してなるべく丁寧に記載しました.また,観測の方法だけでなく,初心者の人にもこなせるようなテーマを出来るだけ多く取り入れてありますので,これから天文学の学習を志す人や,学校教育や社会教育に携わっている方達にも大いに活用して欲しいと思います.
(以下省略)
1989年2月
横尾武夫 |