|はじめに|
 本書はS.J.Tester,A History of Western Astrology,1987,Woodbridge,Suffolk,New Hampshireの全訳である.著者については残念ながらよく分らないが,古典学者であることは間違いない.ロウブ版のポエティウスの巻を担当している.
 著者がまえがきで指摘しているように,西洋占星術の歴史に関する学術書が公刊されるべき期が熟しているのは,まさにわが国においても同じことである.占星術に関する学問的研究とは,すなわち歴史研究のことであって,それ以外にはあり得ない.欧米では占星術に関する論文が毎年何本も学術雑誌に発表され,学位論文のテーマにもなっている.それに対して,この分野におけるわが国における研究は,大きく遅れていると言わざるを得ない.その最大の理由は占星術研究に対する偏見である.このような偏見は,まず何よりも「占星術」という名称に由来する.例えば,英語のastrologyという言葉には,現在の多くの学問の名称に共通なギリシア語のlogosが含まれているのに対して,「占星術」という言葉はいかにも怪しげな響きがあるからである.偏見の理由をもうひとつ挙げるとすれば,それは占星術師という職業が現存し,占星術が日常的に実践されているということである.例えば,ある人が錬金術を研究していると言ったとしても,その人が錬金術師であるとか,そうなりたいと思っていると考える人は誰もいないだろう.しかしもし占星術を研究していると言えば,識者を含む多くの者は,その人が実践的な占いに関心があると思うだろう.わが国における学問としての占星術研究はようやく始まったばかりである.確かにかつてそれらしきものが現れたことはあるが,それらは原典とは言わずとも,占星術書を読まずして占星術を論じていたにすぎない.
 今でも占星術を「科学」だと称する人々がいる.かつて占星術師たちは自分たちの技芸に権威を持たせるために,プトレマイオスの名を頻繁に担ぎ出したが,現在ではその役割を心理学者のユングが果たしている.彼らが占星術を「占星学」に名を変え,権威者の名を持ちだしたとしても,歴史を変えることはできない.占星術が科学だと主張することは,動物園の猿がそのうち人間になると言っているのと同じなのだから.
 占星術の歴史に対する観点は2つ考えられる.哲学史の観点と科学史の観点である.前者からすれば,占星術はしばしば錬金術とともに擬似科学という同じグループに入れられる.だから占星術も錬金術も同じようなものだとみなす傾向がある.それに対して後者は,もちろん擬似科学という見方はとりつつも,それ以上に天文学と化学の違いをそれらに見る傾向にある.従って,必然的に占星術史研究は天文学史研究の一環となるのである.
 いずれにせよ,われわれは占星術の歴史に無知であってはならない.なぜならそれに対する一般的な無知こそが,ノストラダムスのような無意味な存在を安易に過大評価し,新奇の「13星座占星術」なるものに飛びつく風潮を生むことにつながるからである.本書によって少しでも占星術研究の重要性を理解していただければ,訳者としてこれ以上の喜びはない.
 原著には少なからず誤植や著者の思い違いが見られたが,その多くは訳者の判断で訂正し,一部は訳注で言及した.各章の小見出しは原文にはなく,読者の便宜をはかって訳者がつけたものである.ギリシア語とラテン語に関しては,人名などに限って母音の長音を無視した.
 本書で用いたアル=ビールとアル=カビーシーの原典からの翻訳は,矢野道雄教授(京都産業大学)との共同研究の成果の一部である.訳者を科学史の側から占星術研究の道に導き入れてくださった同教授に,この場を借りて感謝したい.また,翻訳に際してさまざまな疑問に答えていただいたチャールズ・バーネット氏(ロンドン大学,ウォールバーグ研究所),西洋古典語に関して教えを受けた小林標教授(京都産業大学),そして版下現行を作成するに当たって助けていただいた柏野俊明君(京都産業大学概学院修士課程)に,心から謝意を表したい.
1996年11月30日
山本啓二
 
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