|はじめに|

 西澤敏先生は,1988年3月東北大学を定年退官されました.それまで北海道大学で20年間,東北大学で16年間,それぞれご自身の研究と学生の指導につくされました.この本は,先生の教え子が中心になって,先生の研究と教育上のご業績を記念するために出版されたものです.執筆人は,先生のご指導の下で研究にはげみ,学位を取得した人が中心になっています.どうしてこのような内容の本になったか,それをお判りいただくために,以下に西澤先生のご経歴を簡単にご紹介します.
 西澤先生は北海道帝国大学工学部に入学されましたが,工学が肌に合わず,中退,改めて同学理学部に入学して物理を専攻し,1950年に卒業されました.その先生が生物海洋学の研究をされるに至った経緯を,憶測を混えて紹介しましょう.
 西澤先生が初めて海洋学と関わったのは,北海道大学水産学部に建造された潜水調査球“黒潮号”を通してでした(1952年).その分野では,水中視程を支配する海水濁度の研究が急務だったでしょう.西澤先生の海中光学的研究はそうして始まったと思われます.海水濁度の研究は,当然ながら濁りの本体である懸濁物質の研究へと発展したはずです.そして,海の濁りの主体が粘土や砂粒であるというよりも,懸濁物質であること,さらにその中ではプランクトンなどの生物主体よりも,非生物主体デトライタスが圧倒的に多いこと,それが自然の姿だということをみて,先生はかなり興奮されました.
 従来は,海中のゴミとかプランクトンの死骸くらいにしか見られていなかったデトライタスが,本当は海洋生態系の低次食段階層をめぐるエネルギーフローの中心的役割を果たしているはずだ,と先生は考えられました.この興味深い仮説は,先生がエール大学の故Riley教授の下へ留学していた間(1961−1963年)に培われたのだと思いますが,今でもなおその魅力を失ってはいません.
 1972年春,東北大学農学部に転じてからも,デトライタスの生成と消費の動態に関して興味を発揮されました.この研究は当然,現場海洋における懸濁物質の現存量や分布に関する研究へと発展し,やがて表層における一次生産量と深海系の有機懸濁物濃度の正の相関があることを明らかにされました.この事実が表層系から深海系への急速な有機物輸送過程の存在を示唆しているものと解され,それを実測するためのセディメント・トラップによる研究を1974年に開始されました.以上の研究の背景と成果は,本書の第7,8章に詳らかです.
 有機物の急速鉛直輸送には,動物プランクトン就中カイアシ類の表層での摂食・排糞活動と鉛直移動が深く関わっているということも,西澤先生にとっては,忘れてはならないことでした.これらの問題は,深海系あるいは高次食段階へのエネルギー輸送に関係しているという観点だけでなく,当然植食性カイアシ類自体の生産性そのものの問題でもあったわけです.カイアシ類の摂食・排糞に限らず,呼吸や発育成長に関する研究にも意を注がれたのは,そういうわけだったのだと思われます(第3,5章),三陸沿岸水域の,ユニークなイサダ漁の対象種であると同時に,カイアシ類とともに,第一次消費者として低次生産層を構成するツノナシオキアミの鉛直分布や発育成長の研究も,同様の熱心さで促進されました(第4,6章).
 ツノナシオキアミが商業漁獲されるのは,オキアミが沿岸域で昼間に表面へ浮上成群するからであり,この生態がなければ,動物プランクトンを直接漁獲する漁業は成り立たない.およそ漁獲の対象種は,プランクトンであれ,魚であれ,クジラであれ,成群性を有しているはずである,というよりも,生物というものは本質的に成群する性向を備えているのだというのが,西澤先生のお考えでした.プランクトンのように遊泳力を持たない生物が海水の動きとは独立に“群”を形成あるいは維持できるか否かという問題は,水産海洋学の見地からはもちろん,生態学の根本哲学としても看過することはできなかったと思われます.潮境でのプランクトン不均一分布の知見は本書に収録されていますが(第1章),物理学的に均一な水塊中での不均一分布については,別の機会に西澤先生ご自身が著述されると思います.
(以下省略)


1988年12月15日
谷口旭

 
ウィンドウを閉じる