|
本書は,東京水産大学の非常勤講師としてクジラの生態を講義する際に書き下ろした講義ノートが成長してできたものである.私の永年にわたる北極海・南北太平洋・南北大西洋・インド洋そして南極海におけるクジラやイルカの生態観察とその記述を中心に,内外の研究者による最新の生態学的研究成果をも加えて本書は構成されている.本書は専門書であるが,クジラやイルカの生態をはじめて学ぶ人々にも理解できるように記述することに努めた.
本書では,第 1 章でクジラ類の進化・分化と放散を扱い,合わせて現生のイルカを含む各クジラ類の特性を記述した.第 2 章ではこの本の中心的内容となる分布生態を詳述し,分布生態と密接に関連する摂食生態と繁殖生態についてそれぞれ第
3 章と 4 章で記述した.また,目視調査を中心としたイルカやクジラの調査方法を紹介する(第 5 章)とともに,捕鯨と資源管理にも言及した(第 6 章).最後の第
7 章では,イルカやクジラに対する化学物質による影響を扱った.
鯨類生態学の分野での私の専門は,分布生態である.カナダの著名な生態学者 Krebs は,1972 年に出版した生態学の教科書「Ecology」の中で,生態学とは「生物の分布と個体数の研究」と定義しているように,分布生態の研究は,現在の生態学の中心的な分野である.動物の繁殖,摂食といった基本的な生態や物理的環境との関係が,結果としてその動物の分布を制御あるいは支配していることから,分布生態はこれら摂食や繁殖に関する分野も視野に入れて追求されている.1980
年代後半から 1990 年代にかけて,分布生態の分野では,「Habitat Use」という分野の研究が注目されている.クジラ類が利用している水域とはどんな所か.そこには何かあるのか.そこにいる生物はクジラ類とどのような係わりをもっているのかなどを多様な調査手法と解析手法で解明しようとしている.現在のところこれらの成果は,いまだ分布の記述が中心で,Habitat
Use を支配あるいは制御している要因やクジラ類以外の生物群集との連関に関する成果や記述は少ない.それは,クジラ類の調査が時間と労力(費用)を要するとともに,例え小さい水域であってもそこを利用するクジラ類群集の全体像が掴めないという困難さが原因である.それでも,日本を含め北欧(ノルウェー・アイスランド)や米国(特に,NOAA-Southwest
Fisheries Science Center の S. Reilly 博士や Northeast Fisheries Science Center の
T. Smith 博士ら)により少しずつこの分野の調査研究が進展してきた.本書では,これらの成果を含め,著者らの実際の調査から得られた具体的な事例を紹介しながらクジラ類の生態を理解してもらうことを主眼としている.方法論・解析手法については,基礎的な理解を得る範囲にとどめているので,もっと知りたい方は,巻末の参考文献を読んでいただきたい.
本書は,過去 20 年あまりにわたる多くの方々との共同調査と研究に負うところが多い.(以下省略)
2000 年 4 月
著者
|