|はじめに|

 21 世紀という新しい扉が開くまでに 4 年を切った.社会を形づくるさまざまな既製の枠組みが音を立てて崩壊し,これまでと全く異なる新しい時代が眼前に迫る.
 時代は変わる.少年の世界もその容貌を大きく変化させつつある.しかし,夜明け前の暗がりほど真の闇を思わせるもののないように,今,新しい時代を前にした少年世界は,これまで視界に入ることもなかった多様で重大な問題を抱え,先行き不透明かつ流動的な状況の下に喘いでいる.深刻ないじめ問題,凶悪化する非行現象,薬物や性による安易な快追求.男女にかかわらず,年齢の高低にかかわらず,都市や農村にかかわらず,解決困難な少年問題が絶えることなく噴出する.
 これはわたしたちだけの問題ではない.多くの外国の国々においても,少年問題は最優先の社会的解決課題となっている.
 気をつけねばならないことは,こうした問題が決してそれらしい特別な少年によってなされているのではない,ということだ.少年問題の深化の基底には,普通の少年世界の変化が強く作用している.そうであるならば,わたしたちは問題な少年を注視することの前に,普通の少年の世界がどのような様相を呈しているかを探らねばならない.
 実際そうなのだ.たとえば,これまで非行少年にかかわった多くの人々は,非行少年の世界だけを眺め回すことに専念した.そこには「普通の少年世界の境界外にある非行少年の世界」という差異的で二分法的な眼差しが支配していた.だが,そうではない.普通の少年世界と非行少年の世界の基本的構図は,異なるものではないし,境界を設定し,二分できるものでもない.同じなのだ.ただ,少年の周囲に同じように存在する要因の内から,いくつかの要因を選択した結果,たまたまある少年は非行少年になり,ある少年はたまたま非行少年とならずにすんだ,というのが現実である.
 非行少年を知る努力と同じように,普通の少年たちを知ることに努めなければならない.こうした努力が積み重ねられることによって,わたしたちは,不透明さと解決困難さを増す少年世界への適切な処方箋を手に入れることが可能になる.
 と同時に,わたしたちが普通の少年を追いかける意味はもう一つある.それは,彼らが次の時代の担い手である,という意味においてだ.
 少年たちの行動や姿態の内に 21 世紀の時代が見えてくる.もちろん,少年は生成変化し発達を遂げる存在である.彼らの現在が直接に将来の 21 世紀社会像とはならないだろう.しかし,少なくとも,わたしたちは,現在の彼らを通し,「眼前に近づいた 21 世紀社会は,こうなる可能性がある」ということを予想することはできる.予想することができるということは,出現する可能性のある状況に対し,何らかの対応を事前に提示することができるということだ.
 つまり,わたしたちは,現在の普通の少年たちを追いかけることにより,20 世紀から将来の 21 世紀を結ぶ橋渡しの作業を営むことができる.
 20 世紀が産み出した問題を,この世紀中に解決することができなかったとしても,少なくとも解決の処方箋を見つけ出しておくことは,20 世紀に生まれたわたしたちの義務だ.
 本書は,以上のような理由から,街中を浮遊し漂流する普通の少年たちに照準を合わせ,彼らの行動や姿態を凝視し,ラフなデッサンを試みる.いってみれば,本書では,今という瞬間に生きる少年たちの肖像の素描を意図している.と同時に,彼らの瞳の内に写る現代という風景画も描いておきたい.
 デッサンはあくまでもデッサンにすぎないが,消えていく時間を可視化しておく能力は有する.また,見え難い線や光の軌跡,対象に内在化し隠された精神の状況を瞬間的に外在化し描き留めておくことも可能だ.ただ,わたしたちは少年世界の全てをデッサンしようとは思わないし,実際の問題,そのことは不可能だ.あくまでも,わたしたちが触れニオイを嗅ぐことのできた少年世界に焦点を当て描くことに専念したい.
 誰かが何処かでこのデッサンの上に鮮やかな油彩を置いてくれること,あるいはデッサンそのものを修正して下さることを期待しながら素描を進めたい.
 本書の構成について述べておきたい.本書は本文部分と資料部分からなる.本文ではなるべく無駄な説明は省略し,視たこと,聴いたこと,匂ったこと,感じ思ったことを素朴に表現することに努めた.概念説明的な文章あるいは統計的事実に基づく記述などについては,極力資料部分に収容した.こうした仕分けを行うことによって,従来のエスノグラフィックな社会学的文献がしばしば陥っていた,既存の概念説明と解説がもたらす混乱を,少しは,取り除けたのではないかと思う.資料部分の存在については,本文中の文章末尾に(資 1)と表示した.引用文献及び注については文章末尾に 1)として示した.
 なお,文中の写真,図表は全て著者によるものである.使用された写真と本文は全く関わりのないことを最後に断っておきたい.
1996 年 10 月


日本女子大学  清永賢二

 
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