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本書、『哲学と現実世界 ―― カール・ポパーへの手引き』は、Bryan Magee, Philosophy and the
Real World : An Introduction to Karl Popper, Open Court, La Salle, Illinois, 1985.
の全訳である。原著書の初版は、Karl Popper というタイトルで、Fontana Paperbacks として Fontana 社から一九七三年に出版されたが、一九八二年に、後記と著作目録が大幅に加筆・修正された。その後、一九八五年に出版社も変わり、タイトルも一新されて、上記の書物となった。その新版を訳出したのが、本書である。
初版は、森博監修のもと、『カール・ポパー ―― 開かれた社会の哲学』という書名で、富士社会教育センターから一九八〇年に出版されたことがあるが、通信販売のため書店に並ぶことがなく、読者には入手が困難であった。また一九八二年にマギーがおこなった修正にも時期的に対応するものではなかった。今回、恒星社厚生閣の御厚意により、新版を訳出して刊行できる運びとなった。
私事で恐縮であるが、翻訳者のひとりとして初版翻訳本の出版にかかわっていたので、その事情に触れながら、本書の出版の経緯を述べさせていただきたい。
一九七九年の夏、当時院生(筑波大学大学院)だった私は、偶然、書店で、マギーのこの本の初版を見つけた。ポパーの入門書としては最適だと思われたので、出版を意図して、夏休みをかけて全訳した。ポパー関係の翻訳を手がけておられ、しかも、以前、非常勤講師として大学院の講義に来ていただいたことがあり、面識のあった森博先生に相談した。すると、現在、東大社会思想史研究会の学生が中心となって、輪読しながら訳稿をつくっているところなので、それに参加するようにと勧められた。富士社会教育センターから出版された旧訳書は、定期的に集まった会合で、その私の下訳をたたき台として、出来上がったものである。森先生も監修者として全面的に協力してくださった。
今回、まったく新たに別の出版社から出版させていただくということで、原著新版の加筆・修正部分の変更はもちろんのこと、もう一度、原著書と丹念に照らし合わせながら、翻訳を見直す作業をおこなわせていただいた。初めは若干の変更のつもりであったが、一部だけの修正では訳文がどうもしっくりこなくなり、結果としてはかなり大幅な改変になった。若干ではあるが誤訳も見つかった。原著に可能な限り忠実で、しかも日本語としても読みやすいように心がけたつもりである。森先生が逝去された今、まことに遺憾ながら、先生のご意見を伺うことはできないけれども、おそらく、同意してくださるものと自負している。僭越ながら本書を単独訳とさせていただいた理由の一つである。
また本書は入門書ということなので、一般読者のことを考えて、邦訳のあるものについてはその書名を掲げさらに必要なものについてはページまでも記入させていただいた。森先生もあとがきで勧めておられたように、翻訳もあるので、是非、ポパーの原典そのものにも向かっていただきたい。また読者の理解の助けになるようにと、訳者による補足を本文にかなりいれさせていただいた。煩瑣に映らないことを祈るものである。
さて、ブライアン・マギーについては、翻訳出版されている『知の歴史(The Story of Philosophy)』BL出版の著者としてご存じの方もおられるであろう。原著の解説に沿って紹介すると、マギー(一九三〇年、ロンドン生まれ)は、クライスツ・ホスピタルを卒業し、(海外での兵役後)オックスフォード大学、ケブル・カレッジで教育を受け、そこで二つの優等学士号
―― 一つは現代史、もう一つは哲学、政治学、経済学 ―― を取得し、また組合の議長も務めた。
スウェーデンで一年間教鞭を取り、エール大学で哲学のフェローシップを取った後、一九五六年、彼は作家、批評家、ブロードキャスターになるため、学究生活を離れた。彼はしばしばラジオ、テレビに出演し、また批評家サークルの音楽部門、演劇部門の会員である。一九七〇年オックスフォード大学、バリオル・カレッジで哲学担当の講師となり、学究的活動を再開してからも、引き続きこの方面の活動をおこなっている。一九七三年、オール・ソウルズの客員特別会員に選出された。一九七四年から一九八三年まで、国会議員も務めた。
彼の十五冊の著書は、各国語に翻訳されており、それには以下の著書がふくまれている。『若者よ西へ行け(Go West, Young Man)』(一九五八年)、『新急進主義(The
New Radicalism)』(一九六二年)、『民主主義革命(The Democratic Revolution)』(一九六四年)、『二千年に向けて(Towards
2000)』(一九六五年)、『ワン・イン・トゥエンティ(One in Twenty)』(一九六六年)、『ワーグナーの諸相(Aspects of Wagner)』(一九六八年)、『現代イギリス哲学(Modern
British Philosophy)』(一九七一年)、『着想の豊かな人びと(Men of Ideas)』(一九七八年)、『ショーペンハウエルの哲学(The
Philosophy of Schopenhauer)』(一九八三年)、『偉大な哲学者たち(The Great Philosophers)』(一九八七年)。
マギーは、ホームページも開設している(http://www.geocities.com/Athens/Agora/9088/)が、そのなかには、先に言及した翻訳書、『知の歴史』の他、『一哲学者の告白(Confessions
of a Philosopher)』、『盲目について(On Blindness)』も挙げられている。
カール・ポパー(一九〇二 ―一九九四年)の思想については、マギーが、まさにこの本で、初学者をも念頭に入れて、その社会哲学と科学哲学の全体像をわかりやすく、丁寧にしかも魅力的に語ってくれているので、ここで改めて解説することは屋上屋を架すことになろう。むしろ読者には本書を初めから終わりまで、飛ばさずにじっくりと読んでくださることをお願いする。これはマギーの願いでもある(本書、一二ページ)。ただし、述べておく必要があると思われることが、一つある。
それはポパーとマギーの政治的立場である。本書からわかるように、ポパーはオーストリア社会民主党員だったことがあり、しかも一時期は自分をマルクス主義者、共産主義者と見なしたことすらあった。しかし、すぐにその陣営から離れ、イギリスに渡った後は、古典的意味での自由主義者であるといい、労働党、保守党、自由党などのいずれの政党とも関わりをもたず、イギリスの現実政治にはまったくコミットしなかった。他方、マギーは、これまた本書からわかるように、民主主義的社会主義者であり、イギリスの国会議員も務め、しかもポパーの社会哲学を民主主義的社会主義の哲学的基礎のあるべき姿を示したものと解釈している。
だが、ポパーの政治哲学については、批判的合理主義者の間でも、保守的な解釈から急進的な解釈にいたるまでさまざまな解釈があり、しかも、見解が分かれている状態である。私はこのような解釈の問題は未解決のままに留まざるをえないのだと思っている。なぜならわれわれはポパー個人の政治的立場に従う必要はまったくないからである。民主主義や社会体制に関する自分の見解を支持してくれる考えをポパーの見解のなかに見いだそうとしてポパーを解釈しようとする人びとは、むしろ自分の見解に対して自らが責任をもつべきであろう。ポパーの政治的な立場はせいぜいかれの置かれていた時代と場所に相応しい立場の一つなのであって、われわれはそのポパーの特殊な政治的確信に依拠する必要はないのである。
しかし、少なくともいえることは、本書の扉でマギーが引用している、『開かれた社会とその敵』のなかでもっとも重要だと思われるポパーの言葉 ――「もっとも重要なものは、平等、自由、弱者扶助などを求める道徳的要求の世界である」という言葉
―― からわかるように、諸国、諸民族、諸組織などにおいて、より「開かれた社会」をめざし、平等、自由、弱者扶助などの諸目的を少しでも実現できるようにと、具体的な諸問題について考え、地道に努力している人びとすべてと連帯していけることは確かである。しかも、各人が相互に多かれ少なかれ自律的であって、相互に批判し、議論し合いながら、より良い、あるいは少なくともより悪くはならない、問題解決の道を模索するというプロセスを通じて。戦後の冷戦時代においては、社会主義体制か資本主義体制か、左か右か、敵か味方かという単純な二分法が横行したが、その冷戦構造が崩壊した今日において、単純な二分法ではない、より「開かれた社会」の実現を求める哲学はますます重要なものとなっている。
(以下省略)
二〇〇〇年十一月
立花希一
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