有明海の生態系再生をめざして

有明海の生態系再生をめざして

生態系劣化を招いた要因を探り再生案を提起

著者 佐々木 克之 編著
東 幹夫
堤 裕昭 編著
ジャンル 海洋学・環境科学 > 環境
出版年月日 2005/09/15
ISBN 9784769910237
判型・ページ数 B5・215ページ
定価 本体3,800円+税
在庫 在庫あり

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諫早湾締め切り・埋立は有明海生態系に如何なる影響を及ぼしたか。日本海洋学会海洋環境問題委員会の4年間にわたる調査・研究そしてシンポジウムでの議論を基礎に、有明海生態系の劣化を引き起こした環境要因を浮かび上がらせ、具体的な再生案を提案。環境要因と生態系変化の関連を因果関係の面から検討するとともに疫学的にも考察する。


はじめに

 有明海生態系を再生するために,生態系の劣化を引き起こした環境要因を検討して,再生案を提案するのが本書の目的である.積み重ねられた多くの資料と近年急速に進められた調査研究の成果を検討して,干潟域の減少,川砂採取やダムによる河川環境の変化および諫早湾干拓事業の影響について解析した.その結果,1980年初めからの有明海漁業の衰退は,月と地球の関係など自然現象から生じる潮位差の減少に加えて,干潟の消滅や河川環境の変化に伴う河口域の変化によって漁業環境が悪化し,さらに諫早湾干拓事業が潮流の弱まりや水質浄化機能の喪失を引き起こして漁場悪化に拍車をかけたものと推定された.生態系の変化は様々な環境要因や生物間の関係が複雑に関連して生じるので,変化を引き起こした要因解析は簡単ではないが,本書では環境要因と生態系変化の関連を因果関係の面から検討するとともに疫学的にも考察を加えて記述した.これらの検討結果について読者の方々のご意見やご批判をお願いしたい.
 有明海漁業は1980年代に入って漁獲量の減少が始まり,まだ回復傾向が見えない.有明海漁業が世の中の注目を浴びたのは2000年12月からのノリの大不作であった.福岡県,佐賀県および熊本県の平年ノリ生産金額が約400億円だったが,2000年度は約260億円と大きく落ち込んだことが契機であった.瀬戸内海の1999年漁獲量は1986年の最大漁獲量の約55%であるが,有明海では1999年の漁獲量は1979年の最大漁獲量の約20%に過ぎない.明らかに有明海では何か異変が起きている.
 ノリ大不作を受けて,2001年1月に農水省内に有明海ノリ不作等対策関係調査検討委員会(通称ノリ第三者委員会)が設置され,以後2003年3月まで10回開催された.海洋学会では,海洋環境問題委員会で直ちにこの問題を検討して,2001年3月に調査の方向と方法について提言を出した(海洋環境問題委員会,2001).委員会では内部に有明海小委員会を設置して,以後この小委員会が中心となって,2002年11月にそれまでの調査結果も踏まえて6点にわたり調査すべき課題について提言した(海洋環境問題委員会,2002).さらに沿環連の第8回(2002年12月:諫早湾締めきりが有明海環境に及ぼす影響)および第10回(2003年12月:有明海生態系異変原因解明の到達点)シンポジウムを企画して,有明海生態系異変を諫早湾干拓事業やその他の開発行為と関連させて論議を進めた.沿岸海洋部会では2003年9月に「沿岸海洋学から見た有明海問題」シンポジウムを開催した(沿岸海洋研究,42巻,1号,2004).これ以外にも有明海に関する多くのシンポジウムが開催されてきた.2002年度以降には,多くの研究機関によって精力的に調査研究が実施され,数多くの論文や学会発表がされてきた.
 ノリ第三者委員会は,諫早干拓事業の影響解明の手法として開門調査を提言したが,その成果を評価する前に解散した.有明海の調査および対策は,2003年2月に環境省などが設置した有明海・八代海総合調査評価委員会で現在論議されている.2004年5月に農水大臣は開門調査の見送りを発表したが,開門調査を強く求めていた漁業者の納得は得られていない.
 今まで有明海に関して出版されてきたものとして,(1)有明海の生物たち(佐藤正典編,2000),(2)有明海異変(古川・米本,2003),(3)有明海はなぜ荒廃したのか(江刺,2003)などがある.(1)は有明海の生物について詳しく取り上げている,(2)は諫早干拓とともに有明海をめぐる農業,林業その他を取り上げていて,有明海異変を全般的視野から捉えているが,科学的データが十分でない,(3)は貝類などの漁獲が減少したのは,ノリ養殖で使用している酸処理剤に含まれる有機酸が赤潮を誘発して,その結果底質が悪化したためであるという論理を展開しているが,十分納得できる内容とは言えない.
 このような経過を踏まえて,有明海小委員会は環境問題委員会の提言,ノリ第三者委員会を中心に集められた農水省・国土交通省・環境省などの資料や2002年度以降に発表された多数の調査研究成果に基づいて,有明海の漁業など生態系が悪化した原因解明を行い,それに基づく再生方向を示すことが必要であると考えて,内部に編集委員会を設置した.本書は,まず物理,化学,生物および漁業の視点から有明海の特徴を記述した(1章).つぎに,近年の開発行為を述べて(2章),有明海環境変化とその要因(3章),さらに生態系異変と環境変化との関連を検討した(4章).有明海生態系の変化を引き起こした原因について総括し(5章),最後に得られた解析結果を踏まえて,有明海再生方向を記述した(6章).4章までは各著者が記述し,5章と6章は編集委員の責任でまとめた.各章のはじめに要旨をつけたので,それを見て関心を持たれたところからお読みいただければ幸いである.本書が宝の海と呼ばれた有明海の生態系を再生して後世に残したいと考える漁民,住民,自治体,研究者などの取組みに貢献できることを期待する.

 

1章 有明海における物質循環と生物生産の特徴 1.有明海の概況  2.物 理  2・1 地 形  2・2 海上気象  2・3 河川水量  2・4 水温,塩分,海洋構造 2・5 潮 汐  2・6 潮 流 2・7 密度流  2・8 吹送流  2・9 海水交換 3.化 学  3・1 負荷量 3・2 水底質環境  4.植物プランクトン 5.底生生物  5・1 大陸性強内湾性種群  5・2 漁獲対象としてのベントス  5・3 環境改変と移入種による生態的撹乱  6.魚 類  6・1 魚類相 6・2 魚類の分布生態  6・3 主要魚種の生活史  6・4 魚類の生育条件と生育阻害要因  7.漁業生産 2章 開発行為  1.有明海における干潟の減少  2.ダム,川砂採取と河口堰  2・1 ダ ム 2・2 川砂採取量 2・3 筑後川大堰  3.諫早湾干拓事業  3・1 干拓工事の概要 3・2 潮受け堤防工事の経過 4.ノリ酸処理剤  5.熊本新港 3章 有明海環境異変とその要因 1.諫早湾干拓などに伴う潮汐,潮流,海洋構造の変化  1・1 潮汐振幅の減少  1・2 潮流,海洋構造,物質循環の変化  1・3 まとめ 2.有明海浅海定線調査データでみられる表層低塩分水輸送パターンの変化  2・1 方 法  2・2 結果と考察  2・3 まとめ 3.有明海の流れの数値シミュレーション  3・1 流れの数値シミュレーションとは  3・2 有明海の潮流シミュレーションにおけるメッシュ系  3・3 有明海の潮流シミュレーション結果 4.水底質変化-ノリ漁場栄養塩・調整池水質と諫早湾水底質・有明海奥部貧酸素-  4・1 水質の長期変動 69 4・2 ノリ漁場の栄養塩  4・3 調整池水質の悪化と諫早湾・有明海への影響  4・4 貧酸素  5.底質の変化 (東 幹夫)  5・1 採泥調査と粒度分析の方法  5・2 有明海全域の粒度組成  5・3 諫早湾から有明海奥部海域の底質の粒度組成  5・4 まとめ 4章 有明海生態系異変とその要因  1.赤潮の大規模化とその要因  1・1 有明海奥部における秋季の赤潮の大規模化  1・2 赤潮の大規模化の原因はどこに  1・3 赤潮大規模化のメカニズム ― 海洋構造から考える  1・4 養殖ノリの色落ちのメカニズム  1・5 秋季に赤潮が大規模化した要因 2.底生動物相の経年変化  2・1 研究の方法  2・2 有明海全域のマクロベントス  2・3 諫早湾から有明海奥海域のマクロベントス  2・4 まとめ  3.魚類の変化  3・1 減少傾向にある魚種 3・2 干潟減少の影響  3・3 感潮域における環境変化の影響  3・4 海域における環境変化の影響 4.漁獲量の変化  4・1 養殖業  4・2 貝類漁業  4・3 水産動物(エビ類,タコ類,イカ類)漁業  4・4 有明海で漁獲される主な魚類  4・5 魚類漁業  4・6 鳥類の変化  4・7 謎の浮遊物  4・8 ノリ酸処理剤の影響に関する問題点   5章 有明海環境変化と生態系異変の総括 1.有明海の漁業生産変動の特徴 ―瀬戸内海との比較― 2.有明海奥部の水質変化  3.感潮域および河口域の変化  4.干潟域の減少 5.潮流の変化 6.調整池の影響  7.諫早湾干拓事業と漁業被害との関連  7・1 ノリ養殖 172 7・2 タイラギ漁業  7・3 グチ(シログチ)とクルマエビ  7・4 その他の魚類  7・5 まとめ  6章 有明海生態系再生案  1.急がれる有明海再生計画 2.有明海再生の当面の課題―潮受け堤防の開門―  2・1 潮受け堤防の開門により期待される生態系改善効果  2・2 開門により想定される漁業被害問題  2・3 水門開放シミュレーション  3.有明海特別措置法による有明海再生基本方針の検討  3・1 「有明海及び八代海を再生するための特別措置に関する法律」とその問題点について 3・2 有明海および八代海の再生に関する基本方針に基づく再生案の検討と提案 4.調査研究課題  4・1 開門調査  4・2 干潟の化学的および生物学的機能  4・3 河川と河口域および干潟域との関係  4・4 有明海の物質循環に関する調査研究  4・5 漁業生物に関する調査研究

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