187 貝毒
新たな貝毒リスク管理措置ガイドラインとその導入に向けた研究
国際的に監視対象とされる貝毒の最新の知見と主要な分析法、また、国内の貝毒(麻痺性貝毒、下痢性貝毒)の発生状況、農林水産省の「二枚貝等の貝毒リスク管理に関するガイドライン」の解説、およびガイドラインの考え方に基づく貝毒のリスク管理について、国内の第一線で活躍している行政官、研究者により取りまとめた。
まえがき
ホタテガイ,カキ,アサリなどの二枚貝は,日本人にとって日々の食卓を彩る親しみ深い食材である.また,ホタテガイの生産量は世界2位,カキとアサリは4位と,わが国は二枚貝の生産大国であり,同時に消費大国でもある.貝毒による食中毒は,有毒プランクトンにより生産された毒が二枚貝に蓄積され,こうして毒化した二枚貝をヒトが喫食することにより起こる.貝毒による食中毒被害の防止は,食品衛生上の課題であるが,同時に二枚貝産業の振興上も極めて重要な課題でもある.近年,わが国では市場に流通した二枚貝による中毒事例はほとんどなく,貝毒が食品衛生上の問題になることもほとんどない.このことは,先人たちの研究成果や行政施策により確立したわが国の貝毒リスク管理が極めて効果的に機能していることを裏付けている.
貝毒による中毒被害を防止するためには,中毒原因毒の化学的性状や毒性,ヒトの健康被害における原因毒のリスク評価,貝毒検査における分析法,生産地から流通に至る二枚貝のリスク管理など,極めて多岐にわたる知識が必要になる.わが国の貝毒監視体制において,要となってきた試験法はマウス毒性試験法と呼ばれる動物試験法であった.この動物試験法により,わが国や世界の多くの国々の貝毒のリスク管理が行われてきた.その一方で近年の目覚ましい分析技術の発達により,マウス毒性試験法の代替法として,貝毒の機器分析法や簡易測定法が開発され,試験研究の現場に導入されるようになってきた.
マウス毒性試験から代替検査法へと移行する国際的な流れの中,わが国においても2015年4月から下痢性貝毒公定法がマウス毒性試験法から機器分析法に移行した.また,同時期に農林水産省から「生産海域における貝毒の監視および管理措置について」および「二枚貝等の貝毒リスク管理に関するガイドライン」が出され,昭和54年水産庁長官通達「ホタテガイ等の貝毒について」に始まる一連の通達,通知等の改正が進められてきた.こうした行政施策に対応して,有毒プランクトンや二枚貝の毒力監視現場においては,従来の知見の整理と新たな知見の蓄積が必要となっている.有毒プランクトンや貝毒に関する知見がまとめられた最新の書籍は,2007年に水産学シリーズ153号として出版された『貝毒研究の最先端-現状と展望』である.当時,貝毒の機器分析法や簡易測定法が開発され,研究分野では利用されていたが,貝毒のリスク管理で利用するための行政的な根拠はなかった.しかし,上述した厚生労働省の下痢性貝毒公定法の改正,農林水産省の貝毒リスク管理措置の改正により,貝毒の機器分析法や簡易測定法を貝毒のリスク管理で利用することが正式に認められた.こうした中で,新しい通知およびガイドラインに基づく,新しい検査法を導入した貝毒のリスク管理の考え方を学ぶことができる成書が必要となっている.
本書は,国際的に監視対象となっている貝毒の最新の知見と主要な分析法,また,国内における貝毒(麻痺性貝毒,下痢性貝毒)の発生状況,農林水産省が発出した「二枚貝等の貝毒リスク管理に関するガイドライン」の解説,また,ガイドラインの考え方に基づく貝毒のリスク管理について,国内の第一線で活躍している行政官,研究者により取りまとめられたものである.また,貝毒の非動物検査法による検査において必要不可欠となる貝毒標準品の製造技術や濃度確定法,さらに使用法などについても,水産分野の書籍として初めて詳細に解説している.農林水産省が発出した「二枚貝等の貝毒リスク管理に関するガイドライン」に基づき貝毒のリスク管理を実施することになる行政担当者や試験研究者にとって必読の書となることを願って取りまとめた.さらに,貝毒原因プランクトンや貝毒の基礎について学ぼうとする大学生や大学院生にとっても最新の知見を学ぶ上で最良の書となればと願っている.本書が貝毒被害の防止のために,また,貝毒学習者に少しでも貢献できれば望外の喜びである.