185 地下水・湧水を介した陸-海のつながりと人間社会

185 地下水・湧水を介した陸-海のつながりと人間社会

陸と海をつなぐ地下水や湧水の動態ほか、それらがもたらす水産資源や地域社会とのつながりに目を向け超学際的視野から水問題を解説。

著者 小路 淳
杉本 亮
富永 修
ジャンル 水産学 > 水産学シリーズ
シリーズ 水産学シリーズ
出版年月日 2017/03/30
ISBN 9784769916024
判型・ページ数 A5・144ページ
定価 本体3,600円+税
在庫 在庫あり

この本に関するお問い合わせ・感想

 

地下水・湧水が沿岸海域の生物生産や生物多様性に作用する仕組みを明らかにした研究事例は、世界的にもほとんどない。陸と海での地下水・海底湧水の動態、水産資源や地域社会とのつながりを対象に、多様な研究手法を用いて自然科学分野と人文科学分野を関連づけ、超学際的視野から地下水・湧水と人間社会の関わりを考える。

 

【お詫びと訂正】

本書において記述に誤りがございました。深くお詫び申し上げます。

 

5章,P71,図5-4

誤:一次生産力(mgC/L/h)

正:一次生産力(μgC/L/h)


まえがき 

 

 地下水・湧水は,古くから飲料水,農業・牧畜・工業用水などとして人間の暮らしに活用されてきた.水産資源と地下水のかかわりをみると,魚類や貝類の良質な生息場や産卵場の周辺に,海底から湧出する地下水いわゆる海底湧水が存在する事例が世界各地で知られている.しかしながら,地下水・湧水が沿岸海域の生物生産や生物多様性に作用する仕組みを明らかにした研究事例は,世界的にもほとんどみられない.地下水・湧水の研究を担う陸水学,水文学,地球化学等の研究者と,沿岸海域の資源生物を扱う水産学,生態学などの関連分野の研究者の接点がこれまで極めて少なかったことがその一因といえる.地下水・湧水が沿岸海域における水産資源の生産に与える影響を理解するためには,これまで個別に展開されてきた学問分野(地下水学・陸水学・水文学・地球化学と水産生物学・生態学など)を融合した学際的視野からの研究展開が不可欠である.


 上述のような状況を背景として,2016 年3 月26 日に東京海洋大学品川キャンパスで地下水と水産資源のかかわりを題材にしたシンポジウム「地下水・湧水を介した陸−海のつながり:沿岸域における水産資源の持続的利用と地域社会」が開催された.シンポジウムでは沿岸域の水循環,海底湧水と生物生産のつながり,地域社会の取り組みなどに関する最新の研究成果がレビューされ,朝から夕方まで演者,座長,聴衆が一体となって活発な議論が交わされた.多くの研究者,学生・院生,市民などで賑わった会場の様子から,「見えない水」である地下水・湧水の,資源としての重要性や水産資源の生産を支える役割に対する関心が高まっていることを実感した.本書では,本シンポジウムの内容をもとに,誰もが知っているようで知らない地下水・湧水のすごさ,大切さについて,国内外の最新の研究事例を交えながら紹介する.


 水産資源をはじめとする,沿岸海域で生み出される様々な自然の恵み(生態系サービス)の経済価値は,地球上の生態系のなかで最も高いと推定されている.陸域から供給される水は,豊富な栄養を含んでおり,沿岸海域の豊かな生態系サービスを維持する駆動力である.近年,地下水は河川水に比べて海域に流入する量は少ないが,栄養物質に富んでいるため,沿岸海域の生物生産に高く貢献していることが明らかにされつつある.その一方で,地下水は地下を流れるという性質のために,河川水に比べて管理の目が行き届きにくく,過剰揚水による地下水位の低下,陸域からの過度の栄養負荷による富栄養化,汚染物質の混入といった人間活動の影響が,下流域へ及びやすいという特徴をもっている.そのため,多様なプロセスを通じて人間活動・地域社会に活用される地下水のステークホルダー(利用する側の様々な立場の人々)や地域の間でコンフリクト(利害対立)が生じやすい.


 地下水の利用に関しては,これまで明確な規制が定められてこなかったが,2014 年に水循環基本法が公布・施行されたことを受けて,地下水を取り巻く状況は急速に変化しつつある.日本では「水と空気と平和はタダ」といわれるように,水は共有財産という認識が強かったが,地域ごとの利用・管理のルール作りが進むことが予想される.古くから人類は,水を介してもたらされる沿
岸海域の自然の恵みを享受してきた.これらの恵みを将来にわたって持続的に利用する仕組みを確立するためには,物理・化学・生物などの自然科学分野と社会・経済などの人文科学の融合学問の確立と,さらにはこれら分野横断的科学と地域社会の連携・共創体勢の確立が喫緊の課題であろう.


 一方,世界に目を向けると,古代ギリシアの哲学者タレスが「万物の根源が水である」と唱えたように,やはり水の重要性は古くから認識されている.彼は,この世に存在するすべてのものが水から生成するものと考えた.時が流れ,科学研究が進展し,自然界における様々な化学・生物プロセスが解明された現代においても水の重要性は全地球的課題である.砂漠・乾燥地帯では水の精製や輸送に莫大なコストをかける一方で,大雨・豪雪地帯では洪水対策・除雪といった苦労が現代でもつきまとう.世界の人口の半分以上が沿岸から60 km以内の陸域に暮らしており,今後さらに沿岸域への人口集中が進行すると想定されている.2030 年までに全地球規模で水に対する需要が約40%増大すると予想されており,グローバルな視野からも水問題を解決することは人類にとって重要な課題である.地球温暖化の進行のもとで,人間生活に不可欠な水とどのように付き合っていくかを全球的・長期的視野からも考えておく必要性は大きい.

 本書では,沿岸海域とこれに隣接する陸域における地下水・海底湧水の動態,水産資源や地域社会とのつながりを主な対象として扱う.I 部では,国内外における地下水・湧水研究の動向(1 章),陸域における地下水の動態(2 章),沿岸海域における海底湧水の研究方法(3 章),陸域の統合的な水循環モデル(4 章)をレビューする.II 部では,沿岸海域における生物生産メカニズムのうち水産資源にスポットを当て,海底湧水と基礎生産(5 章),底生生物(6 章),魚類(7 章)の生産過程に関する最新の研究成果を紹介する.III 部では地域社会における取り組みや諸問題について,安曇野・小浜(8 章),別府(9 章)の事例と地下水・湧水を題材とした学際研究の方向性(10 章)に関するトピックを取り上げて解説する.


 本書は,多様な研究手法,生物群を網羅したうえ自然科学分野と人文科学分野を関連づけることにより,超学際的視野から地下水・湧水と水産資源・地域社会のかかわりに関する理解を深めることを目的としている.主として大学学部生や院生,専門家を対象とする内容構成となっているが,関連分野に興味のある皆様の入門書としても活用していただけるよう平易な文面を心がけている.


 地下水は,全世界の人間が容易に利用できる淡水資源の約90%を占め,約15 億人が飲み水を地下水に依存しているといわれている.水にまつわる問題に悩むことのない安全・安心な暮らしは,快適で幸福に満ちた生活に不可欠である.人類にとって重要な生息空間である沿岸域の水とその利用に関して,研究従事者だけでなく,行政・政策担当者から市民に至るまで,様々な立場の人々・ステークホルダーが関心・理解を深め,持続可能な社会システムを構築するために,本書が少しでも貢献できれば幸いである.

I.“見えない水”地下水を追いかけて~科学者たちの奮闘記 1章 持続可能な社会に向けた地下水・湧水の学際・超学際的研究(谷口真人)/2章 陸域の地形と地下水流動に基づく海底湧水の評価(齋藤光代・小野寺真一・清水裕太)/3章 沿岸海域に湧き出す地下水を可視化する方法(杉本 亮・大河内允基・山﨑大輔)/4章 陸域の水・物質動態のモデル化の現在(大西健夫) II.生き物・食べ物を育てる~地下水・海底湧水と水産資源のつながり/5章 海底湧水による沿岸海域への栄養塩供給量の推定と低次生産への影響評価(本田尚美・小林志保)/6章 貝殻中の炭素安定同位体比による海底湧水環境の評価(富永 修・西 沙織・堀部七海)/7章 魚をあつめる・そだてる海底湧水(小路 淳・宇都宮達也) III.地下水が支える地域社会~水をめぐる対立と有効活用/8章 信州安曇野と若狭小浜の食と地下水保全(王 智弘・田原大輔)/9章 別府における温泉利用と河川生態系(山田 誠・大沢信二・小路 淳)/10章 水・エネルギー・食料ネクサス研究のための学際的アプローチ(遠藤愛子)

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