新刊

水産改革と魚食の未来

水産改革と魚食の未来

70年ぶりに改正漁業法が成立し水産の改革が進む。法律、環境、資源、地域経済など多様な論点から海外の事例も比較し水産政策を論議

著者 八木 信行
ジャンル 水産学 > 資源・漁業
出版年月日 2020/07/10
ISBN 9784769916482
判型・ページ数 4-6・208ページ
定価 本体2,600円+税
在庫 品切れ・重版未定

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2018年水産の改革が国会で議論され、70年ぶりに改正漁業法が成立した。議論は、改正法の評価、環境保全、産業や経済政策、漁業管理制度ほか魚食文化まで広範囲に及んだ。本書では法律、環境、資源、地域経済など様々な専門家が集い、海外の事例も比較し解説する。巻末にはQAも用意し読者の理解が深まるように配慮した。


はじめに

 本書は,「改革」について論じる内容である.
 改革は,会社や業界に体力があるうちに始める必要があるとされる.この点は,30 年近く前に筆者が米国のビジネススクールで学んでいた時代でも,すでに常識的な話とされていた.
 しかし,改革を現実の社会で実際に実行しようとすると,様々な難しい壁に突き当たる.改革に伴うコストや痛みは即座に発生する一方で,改革の成果は何年も後にならないと見えてこない.そもそも,本当に成果が出るかもよくわからない.つまり受益者と負担者は,時間的なスケールで隔てられている構図になりがちだ.
 また改革で便益を得る人たちは,改革に伴ってコストを払った人たちとは別の集団かもしれない.また,改革に向けて関係者間が入念に合意形成を図ったとしても,その陰で交渉力の弱い弱者の利益が損なわれている可能性もある.この場合,受益者と負担者は,社会的に隔てられた集団となる構図になりがちで,社会的な公平性などが問題となりかねない.
 全体のパイを広げながら改革を行うことで,弱者も現在の利益水準を確保しながら,やる気のある者がさらに利益を伸ばす選択肢もある.一見良いアイディアのように見えるが,人類はそのように全体のパイを何万年にもわたって拡大し続け,それが限界に達して現在の環境悪化や有限天然資源の枯渇を招いてきた点にも留意しなければならない.全体のパイを広げる成長戦略は,長期的には環境にしわ寄せがいく.これは持続可能な選択肢ではなく,あくまでその場しのぎの選択肢と見るべきであろう.パイを広げる方向に安易に
逃げるのではなく,改革を行う際には当事者が向き合って議論し,本質的な解決策を見出すプロセスが必要になっている.

 その中で,2018 年に水産の改革が国会で議論され,改正漁業法が成立した.当然ながら賛否両論が存在した.これをあらゆる角度から分析し,今回の水産の改革をめぐる議論の内容を深い次元で理解しようとするのが本書のねらいである.マスコミなどでは改革を手放しで賞賛する論調も散見されるが,改革によって弱者がさらに窮地に追い込まれていないか,生産者や消費者の利益に本当になるのかなど,確認しなければならない事項が多い点を浮き彫りにしたいと考えている.

 本書は,以下の12 章からなっている.
 ・ 1 章:水産改革の経緯などを2018 年当時水産庁長官であった長谷成人さんが解説.
 ・ 2 章:水産改革への賛否両論について,第三者の立場で議論に間近で接してきた筆者が説明.
 ・ 3 章:改正漁業法をどう評価すべきかについて,漁業法研究の専門家である三浦大介さんが議論.
 ・ 4 章:地域研究の専門家で,資源と人類について追求している佐藤 仁さんが,環境を保全する上での中間集団(国家と個人の中間的な場所に存在する漁協などの組織)の重要性を議論.
 ・ 5 章:改正前の日本の漁業管理はどのような特色があるのか,環境社会研究の専門家である石原広恵さんが説明.
 ・ 6 章:漁業資源学の専門家である山川 卓さんが,欧米式の国家主導による漁業資源管理についてその仕組みなどを解説.
 ・ 7 章:資源経済学の専門家である阪井裕太郎さんが,米国で漁業資源管理制度を実際にどのように運用しているのかを解説.
 ・ 8 章:ノルウェーの漁業資源管理制度について,鈴木崇史さんが現地調査や文献調査を踏まえつつ,沿岸漁業と沖合漁業の管理の違いなどを説明.
 ・ 9 章:水産政策などの専門家である牧野光琢さんが,今回の漁業法改正を国際的な観点でどう評価できるかを議論.
 ・ 10 章:環境経済学や消費者行動学の専門家である大石太郎さんが,今回の改革は食卓にどう影響するのかを議論.
 ・ 11 章:改革が議論された2018 年当時,日本を代表する漁業者団体であるJF 全国漁業協同組合連合会の専務であった長屋信博さんが,当時の漁業者団体の考えや行動などを説明.
 ・ 終章:科学コミュニケーションを専門とする保坂直紀さんが筆者に質問を投げかけて,Q&A 形式で議論の応酬を行い,本書の内容全体について読者の理解を深めるための章.

 以上の通り本書では水産改革について多様な分野の専門家が掘り下げて解説し,70 年ぶりの漁業法改正をめぐる議論を後世に残す目的を有している.
 冒頭で,改革は会社や業界に体力があるうちに始める必要がある点を述べた.日本の水産業については,衰退イメージをもつ読者もいるかもしれないが,実は2013 年から生産金額は増加に転じている.背景には,東日本大震災における放射能汚染のマイナスイメージから徐々にではあるが脱却し,また国際市場では中国などの購買能力が上がって水産物の単価が上昇したことなどがある.2018 年というタイミングは,水産業の改革を議論するうえでは良いタイミングであったように思われる.
 改革については他の業界でも議論されることが多いなかで,本書は,表面的な議論に留まらず,そもそも改革とは何か,またグローバル社会の中での水産業の課題とは何か,読者がより深く理解できるように心がけて編集した.

                                           八木信行

1章 水産政策の改革について(長谷成人)/2章 2018年漁業法改正をめぐる多様な意見(八木信行)/3章 国内法の観点から見た漁業法改正の評価(三浦大介)/4章 中間集団の今日的意義-東南アジアに学ぶ国家の「反転」(佐藤 仁)/5章 日本の伝統的な漁業管理を国際的な視点で評価する-オストロムの設計原理の視点から(石原広恵)/6章 欧米型漁業管理の歴史と日本漁業)(山川 卓)/7章 米国の沿岸漁業ではどうしているのか(阪井裕太郎)/8章 ノルウェーにおける沿岸漁業管理(鈴木崇史)/9章 国際的な観点から見た漁業法改正の評価(牧野光琢)/10章 水産政策の改革で日本の魚食文化はどう変わるのか(大石太郎)/11章 水産政策改革をめぐるJFグループの運動と役割(長屋信博)/終章 Q&A 水産政策の改革で何が変わるのか(保坂直紀・八木信行)

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