新版 魚病学概論
農・水産・獣医学の幅広い分野で魚病学の教科書として改訂を重ねてきた『魚病学概論』。新版では執筆者も大きく変わり最新の知見で内容を刷新した。新たな分類体系に基づき章立ても変更し、近年関心が高まる水産防疫の情報を更新し、検査法では麻酔法などを追加した。このほか、動物福祉など国際的な観点で見直している。
はじめに
室賀清邦・江草周三編集による『魚病学概論』の初版が刊行されてからほぼ四半世紀が経過した.その後,小川和夫・室賀清邦編集の『改訂・魚病学概論』(2008年),『改訂・魚病学概論 第二版』(2012年)が刊行され,今日に至っている.
『概論』がはじめて世に出た当初は,遺伝子診断が魚病の研究にも応用され始めたころだった.現在では魚病診断にPCRを用いない研究機関は存在しないほど不可欠の診断技法となっている.また,当時実用化されていたワクチンといえば,ビブリオ病の浸漬ワクチンのみで,経口ワクチンはおろか,現在主流となっている注射ワクチンすら承認されていなかった.今日の多種のワクチンの普及は,魚病対策の中心を治療から予防へと変えるほどの大きい変化をもたらした.一方で,PCRは診断精度の飛躍的向上と迅速化をもたらしたが,魚を解剖して病態をチェックし,細菌を分離したり,ウイルスを培養するという基本がおろそかにされる傾向も見られる.魚病対策をワクチンに全面的に依存するのも限界がある.魚病に関しても,さまざまな情報が混在するなかでは,偏りのない知識を提供していくことが必要で,その点で『概論』は一定の役割を果たしてきたと思われる.
養殖魚介類にはこれまで幾度となく重大な病気が流行している.そのたびに各方面の研究者が連携し,新たな技術を開発して病気を克服してきた.マダイイリドウイルス病に初めて注射ワクチンが実用化されたのはそのよい例であろう.対策の確立には大学や国の研究機関が主要な役割を果たしてきたが,県など地方自治体の,すなわち,魚病の発生現場にいる研究者の貢献を忘れてはならない.クルマエビの急性ウイルス血症(ホワイトスポット病)を世界に先駆けて発見したのも,クロマグロの住血吸虫の中間宿主を日本で初めて特定したのも,県の研究者たちであった.免疫学や遺伝子解析技術も急速に進化している.免疫学の進歩は新たなワクチンの開発に道を開くであろう.遺伝子解析技術を駆使することによってアコヤガイの赤変病の原因はほぼ明らかにされた.特定の病原体に対する耐性遺伝子情報を利用して,魚介類の耐病性育種も進むであろう.
こうした魚病をめぐる変化と進歩のなか,最新の知識を盛り込んで,『概論』は三度目の改訂版を出版する運びとなった.今後も新たな研究成果のひとつひとつが『概論』に書き加えられ,魚病の教科書として読み続けられることを期待している.
(後略)
編者を代表して
小川和夫