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2 魚類の性決定・性分化・性転換 (単行本)

これまでとこれから

2 魚類の性決定・性分化・性転換
フォーマット:
単行本 電子書籍

多様な性様式を示す魚類において性の研究が進展している。魚類性分化研究の嚆矢として性統御技術など水産増養殖へ活用の糸口も探る。

著者 菊池 潔
井尻 成保
北野 健
ジャンル 水産学 > e-水産学シリーズ
シリーズ e-水産学シリーズ
出版年月日 2021/03/29
ISBN 9784769916635
判型・ページ数 A5・258ページ
定価 本体5,500円+税
在庫 品切れ・重版未定

この本に関するお問い合わせ・感想

2002年に魚類で初めて性決定遺伝子が発見されてから次々と異なる性決定遺伝子が見つかり、多様な性様式を示す魚類を対象にした性の研究は、わが国が世界に先駆けてめざましく進展している。その一方で、魚類性分化研究の出版物はなく、本書を通じ過去・現在・未来を整理することで、水産増養殖に有用な性統御技術などの開発へと繋がる突破口をめざす。

第1部 魚類の性決定(第1章 メダカの性決定遺伝子と近縁種の性決定遺伝子(松田 勝)/第2章 NGS技術を利用した魚類性染色体の同定法(菊池 潔・家田梨櫻・藤川大学・Kabir Ahammad・小山 喬・細谷 将)/3章 性ステロイドホルモンによる性決定−ブリ類をモデルとして(小山 喬・菊池 潔・中本正俊・坂本 崇)/第4章 トウゴロウイワシ目魚類の性決定機構(山本洋嗣・三好花歩・服部ヒカルド修平・ストルスマン カルロス)) 
第2部 魚類の性分化(第5章 ヒラメ・メダカの性分化(北野 健・山口寿哉)/第6章 ティラピア・チョウザメの性分化(井尻成保・長濱嘉孝・倉持有希・足立伸次)/第7章 軟骨魚類の繁殖と性分化 (小林靖尚・野津 了・中村 將)) 
第3部 魚類の性転換(第8章 魚類の性転換−多様な性転換から見えてきた共通性(野津 了・小林靖尚・中村 將)) 
第4部 魚類の性決定・性分化・性転換(第9章 魚類の性決定・性分化・性転換–これまでとこれから–(長濱嘉孝))

 


まえがき 

 水産増養殖の歴史において,性統御技術への期待は大きく,その確立が永らく期待されてきた.この期待に最初に応えたのは,性ステロイドホルモンの投与による経験的な性操作であり,これをもとに性統御技術の開発が進められてきた.しかし意外なことに,性決定や性分化を制御するメカニズムはごく最近まで不明のままであり,メカニズムの理解に基づいた性操作は実施されてこなかった.このような背景の中で,2002年に魚類で最初の性決定遺伝子(メダカdmy)が同定された.その後,9種類の魚類からまったく異なる7種類の性決定遺伝子が報告されており,あたかも,性決定機構の統一的な理解を拒むような多様性を呈する状況にある.一方で,性決定以降の生殖腺の性分化についてもその分子制御機構の解明が進み,こちらは比較的保存性の高いメカニズムにより制御されている可能性が高まってきた.さらに,性転換する魚種についてもその分子機構の理解が大きく進み,性転換と通常の性分化との間で共通する機構が存在する可能性も浮かびあがってきた.本書は,様々な魚種における生殖腺の性分化研究のこれまでの進展について理解し,これからの研究の方向性も見通すことができるような構成にすることを目指した.個々の魚種についてはそれぞれ日本語の総説は散見されるものの,日本における魚類性分化研究の「これまで」を俯瞰できる出版物は今までなかった.平成30年度の日本水産学会秋期大会シンポジウム(広島大学)において,日本のおもだった性分化研究者が展開してきた魚類の性分化研究を,それぞれの魚種で時間を追って理解することができたことを期に,その全体像を包括的に理解できるように,教科書的な本を出版することがわれわれ研究者の責務であると感じた.これが,e-水産学シリーズにて,『魚類の性決定・性分化・性転換-これまでとこれから-』の出版を目指した理由である.

 本書は,「性決定」「性分化」「性転換」「これまでとこれから」の4部で構成している.「これまでとこれから」は「これから」もあるので最終章に配置してあるが,実はこの第4部の第9章から読み始めると性分化研究が歩んできたストーリーを理解しやすいのではないかと思う.この章では,まず,魚類性分化メカニズム研究が日本で始まるきっかけとなった,1997年の「第1回,性に関する国際シンポジウム」のエピソードから始まる.当時の脊椎動物全体を通した性分化に関する理解から,「今」に至るまで,性分化研究が展開してきた道程を俯瞰的に解説している.この章を読んだ上で以下の章を読み進めると,時代を前後しながらの各章の話を,性分化研究の歴史の一片として楽しめるのではないかと思う.第1章の「メダカの性決定遺伝子と近縁種の性決定遺伝子」では,伝統的な順遺伝学的手法に頼ってdmy遺伝子の同定に迫る様子を臨場感あふれる筆致で展開する.哺乳類では,Sryがほとんどの種に共通する性決定遺伝子であることから,当時,一種類の魚種で性決定遺伝子が同定されれば,他の多くの魚種からもやすやすと性決定遺伝子が得られるのではないかと考えていた研究者が多かった.しかし現実は,メダカ属の中ですら性決定遺伝子はバラバラであるという,予想外の事実が明らかになるという展開を見せた.第2章の「NGS技術を利用した魚類性染色体の同定法」では,dmy同定の時代とは様変わりした性決定遺伝子近傍領域の同定法について,世界の研究潮流の現状も織り交ぜて論じている.本章を読む前提としては,現在の研究手法の主流が,メダカで使われた連鎖マッピングから,NGS技術の利点がより発揮されやすい連鎖不平衡マッピングへと移行していったことと,その連鎖不平衡マッピング利用の源流が,メダカについで性決定遺伝子が同定された魚のひとつであるトラフグの研究にあったという事実を頭にいれておいてもらいたい.この現在主流となったNGS時代の戦略で実際に性決定遺伝子を同定した実例が,第3章「性ステロイドホルモンによる性決定 -ブリ類をモデルとして-」である.ZZ/ZW型性決定様式を持つ魚類では初めて性決定遺伝子が同定された例である.「性分化」の部で紹介されるが,エストロゲン産生の活性化が卵巣分化誘導のスイッチであり,エストロゲン合成にかかわるステロイド合成酵素をコードするいずれかの遺伝子が性決定遺伝子である魚種もいるのではないかと密かに期待していた研究者もいる中で,雌ヘテロ(ZZ-ZW)型性決定様式の種からそれが現出したことは,衝撃を持って迎えられると同時に極めて理にかなった事実としても受け取られた.一方,第4章「トウゴロウイワシ目魚類の性決定機構」では,その性決定遺伝子の発見はいわば偶然の産物でもあった.このような発見のされ方は,アフリカツメガエルにおけるその同定以来,2例目である.上述の第2章の戦略とは対照的に,特定の性分化関連遺伝子群を総当たりで解析することによって性決定遺伝子に出会う可能性もあるという,正攻法ではないかもしれないが,一つの異なった戦略を示してくれている.本章では,遺伝的性決定と温度依存的性決定のせめぎあいや,性決定以降の性分化機構についても解説しており,第2部の第5章および第6章と対比して読むとより理解が深まるのではないかと考えている.

 第2部では,性分化過程とその背景にある分子的メカニズムについて紹介している.第5章「ヒラメ,メダカの性分化」では,それら性分化のメカニズムと,温度環境が遺伝的性を覆して性分化を導く分子的背景について解説する.温度環境が性分化の方向を逆転させる例は魚類ではめずらしくはないが,その背景で何が生じているのかということを初めて明らかにした例である.第6章「ティラピア,チョウザメの性分化」では,ナイルティラピアを実験モデルとした性分化開始の分子メカニズムについて解析し,その知識をいしずえにしたチョウザメ類の性分化機構解析の現状理解について解説する.第7章「軟骨魚類の繁殖と性分化」では,サメ,エイの繁殖様式から説明し,それら性分化過程について解説する.生殖腺の形態が条鰭類とは大きく異なる軟骨魚綱の性分化については,その情報は極めて少なく,本章は貴重な資料として提供できたのではないかと思うとともに,今後の分子メカニズム研究の進展が楽しみでもある.

 第3部の第8章「魚類の性転換:多様な性転換から見えてきた共通性」では,様々なタイプの性転換魚について,その生殖腺の性転換過程から,それを引き起こす分子メカニズムについて解説する.本書が引用する「特別寄稿」においても,前半から多くのスペースを割いて魚類の性転換のバラエティーに富む状況について記述されている.つまり20世紀初頭にさかのぼるほどの昔から,魚類の性転換は科学的興味を大いにくすぐる現象であったのである.本章では初めてその分子メカニズムの理解にまで迫る内容となっている.また,生殖腺の性転換にかかわる因子群はいずれも第2部の性分化メカニズムの話に出てくる分子,遺伝子であり,性分化機構の分子メカニズムについての知識を持って読み進めると理解がしやすい.

 最後に,特別寄稿「魚の性:研究の始まり」を本書に引用する.本寄稿は,1995年に北海道大学水産学部の高橋裕哉教授がライフワークであった性分化研究の集大成として書き上げた総説である.是非,本書を読んだ後に本寄稿を読んでいただきたいと思う.魚類の性については,ようやく2000年代以降になって次々とそのメカニズムがわかり始めたのであるが,その多様な性決定・性分化・性転換様式は古くから多くの研究者の興味の対象であり,それら現象は数多くの文献で紹介されてきたものである.古い時代にどのように理解されていたのか,また,今になるとそれら古い文献を掘り起こすことは容易ではなく,本寄稿は魚の性について古い歴史を理解する貴重な書である.この寄稿を本書に含めることを検討したものの,あまりにもボリュームが大きく断念せざるをえなかった.ただ,「これまで」を理解するには欠かせない書であるため,北海道大学学術成果コレクションに本章のWEBページを設けてもらい,本書で引用するという形式をとることとなった.

 以上,本書の企画の意図ではあるものの,「これまでとこれから」という大風呂敷を広げてしまったことに,途中,後悔の念がわき上がることがあったものの,世界で初めて魚類の性の全体を網羅した本書を送り出すことができたことは,このうえない喜びである.当然ながら,まだわからない謎は多く残されており,今後少しずつでも空白のパズルのピースを埋めていきたいと思っている.そしていつか将来,アップデートされた「魚の性」を再び紹介できる日が来ることを願っている.その時は,本書が「これまで」として扱われるのかもしれない.

第1部 魚類の性決定(第1章 メダカの性決定遺伝子と近縁種の性決定遺伝子(松田 勝)/第2章 NGS技術を利用した魚類性染色体の同定法(菊池 潔・家田梨櫻・藤川大学・Kabir Ahammad・小山 喬・細谷 将)/3章 性ステロイドホルモンによる性決定−ブリ類をモデルとして(小山 喬・中本正俊・森島 輝・山下雄史・坂本 崇・菊池 潔)/第4章 トウゴロウイワシ目魚類の性決定機構(山本洋嗣・三好花歩・服部ヒカルド修平・ストルスマン カルロス)) 第2部 魚類の性分化(第5章 ヒラメ・メダカの性分化(北野 健・山口寿哉)/第6章 ティラピア・チョウザメの性分化(井尻成保・長濱嘉孝・倉持有希・足立伸次)/第7章 軟骨魚類の繁殖と性分化 (小林靖尚・野津 了・中村 將)) 第3部 魚類の性転換(第8章 魚類の性転換−多様な性転換から見えてきた共通性(野津 了・小林靖尚・中村 將)) 第4部 魚類の性決定・性分化・性転換(第9章 魚類の性決定・性分化・性転換–これまでとこれから–(長濱嘉孝))

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